「白内障の手術は1回しかできないの?」
院長 今野 優 医学博士
昭和38年9月11日 生
平成元年 5月医師免許(第321523号)
平成 8年 9月旭川医科大学学位記(第240号)
平成 8年10月日本眼科学会眼科専門医(第8303号)
2013年 7月 グラフ旭川8月号市民の健康ガイドに
      「白内障の手術は1回しかできないの?」が掲載されました。

 外来で患者さんの診察をしている中で、よくある質問の一つに
「白内障の手術は1回しかできないのですか」というのがあります。
白内障の手術自体は1回しかできないのではなく、
1回しかする必要がないことを話していますが、
他の病気になってしまった時には、その治療が必要になります。
今回は白内障の手術の後に生じる最も頻度の高い合併症である
後発白内障についてのお話をー。

注意、手術後の視力低下

白内障手術が問題なく無事に終わり、視力回復が得られて
順調に過ごしていたケースでも、手術後しばらくたってから
視力が低下してくることがあります。
他の病気にかかってしまったためという場合もありますが、
後発白内障が原因ということが多くみられます。

 現在の白内障手術は、水晶体の袋の前面(前嚢)を円形に切除し、
水晶体の中身を超音波の器械で破砕吸引し、袋の後面(後嚢)は残し、
その袋の中に眼内レンズを移植します。
手術後数か月から数年経過したころに徐々に水晶体の後嚢が
濁ってきますが、これは後嚢混濁と呼ばれます。
この後嚢混濁によって視力低下をきたした状態を後発白内障といいます。


3つのタイプ

 後発白内障は手術後に残った水晶体上皮細胞が増殖・分化して
生じる水晶体の不完全な再生と考えられています。
現在の白内障手術では、水晶体嚢を温存しますので、
水晶体上皮細胞を完全に除去することは不可能なため、
後発白内障が起きることがあります。

 後発白内障は、臨床上3つに分類されます。
一つは線維性後嚢混濁で、前嚢切開縁を中心に白濁が広がるものです。
二つ目が水晶体前後嚢に囲まれた水晶体周辺部がドーナツ状に
盛り上がるゼンメリング輪です。
そして三つ目が眼内レンズと後嚢の間に生じるキャビア状の
「エルシュニッヒ真珠」と呼ばれるタイプのものです。


術後5年で30%の発生率

 発生率については、多くの報告がなされています。
眼内レンズの素材、眼内レンズ光学部のエッジの立ち方などの
デザイン、前嚢切開の大きさなどがその発生率に影響すると
考えられていますが、おおよその発生率は、
術後1年で10%、3年で20%、5年で30%くらいと言われています。

 後発白内障が発生しやすい患者側の因子としては、
ぶどう膜炎、網膜色素変性、アトピー、強度近視などがあり、
白内障術後に炎症をきたしやすいことが後発白内障の発生を
促すと考えられています。

痛みのないレーザー手術

 後嚢混濁が進行し、視力低下が起きたらレーザー治療が
行なわれます。ネオジム・ヤグレーザーのレーザー光が
1点に収束したときに生じる衝撃波によって、後嚢を切開します。

 この治療は通常外来で使用している細隙灯顕微鏡と同様の器械に
レーザーが組み込まれていますので、外来で実施することができます。
コンタクトレンズを目に装着して治療を行ないますので、
点眼麻酔を使用しますが、レーザー治療には全く痛みを伴いません。
通常は数分で治療が完了します。
治療後には、切開した後嚢が硝子体側に遊離しますので、
一時的に飛蚊症が生じますので、あらかじめ説明が必要です。


合併症

 ネオジム・ヤグレーザー後発白内障切開術は、
有効性、安全性ともに高い治療と考えられていますが、
術後合併症の可能性もあります。
最も頻度が高いのは虹彩炎、眼圧上昇です。
眼圧上昇予防剤の点眼を術前、術後に使用し、
術後にはステロイド点眼を処方するのが一般的です。

 また、白内障手術後の比較的早期に後発白内障切開術を
施行した際に、嚢胞様黄斑浮腫という視力低下の原因となる
合併症を引き起こす危険性があること、またまれにではありますが、
網膜剥離の発生頻度が上昇することも報告されています。
したがって、後発白内障切開術後には、眼底検査を
しっかり行なうことが重要です。

 白内障の手術自体は1回で完結するものですが、
白内障術後の視力低下にはいろいろな原因が考えられます。
視力低下の原因が後発白内障だった場合は、
レーザー治療によりまた見えるようになりますので、
とても喜んでもらえます。

 しかし、他の病気が原因である場合には、それぞれの病気に
対する治療が必要になります。早期発見、早期治療によって
治療可能な病気もありますので、白内障術後の視力低下が
起こった時は、すぐに眼科を受診して、その原因を明らかにする
必要があります。


2013.7.25 記